秋田の「大泉洋」になる!パート1
芝居とラジオを掛け算する
M:Matirog
尾:尾樽部和大さん
M今回は、「おたちゃん」こと、尾樽部和大(おたるべ かずひろ)さんにお話を伺っていきます!
おたちゃんは『劇団わらび座』で長年役者として活動していましたが、2017年11月に退団され、現在は秋田県でタレントとして幅広く活躍しています。活動の一つとして、今年の4月からABS秋田放送の「ごくじょうラジオ」毎週木曜日のパーソナリティーを担当されています。
おたちゃん、ラジオパーソナリティーの仕事にはもう慣れましたか?
尾一緒にパーソナリティを務める、ベテランの田村陽子さんにたくさん助けてもらっています。最初の頃は緊張でなかなか言葉が出なかったのですが、最近は随分僕も喋れるようになりました。でもやはりバシッと決めるところは陽子さんですね。まだ自身のスキルとして弱いなと感じているのは、これは役者をしていたころからの習慣として身についていることなのですが、台本を徹底的に読み込まないと、セリフがスラスラと出てこないところです。ラジオでは午前中に受け取った台本をその場で読み合わせして、午後にはすぐに生放送の本番です。このラジオの流れを体に入れ込まなければと思っています。
M先日陽子さんが、「おたちゃんは、パブリシティもの(宣伝)を一回間違えても、次回までには完璧に仕上げてくる」と褒めていらっしゃいました。パブリシティの原稿を台本にしてセリフとして体にしみ込ませることは、なかなかできませんよ!
尾やはり役者をしてきたことが糧となっているのでしょうね。芝居やダンス、歌で、「ダメだ」と演出家から言われると、次の稽古までに必ず直しておかなければいけません。次までに仕上げることが身に染みついているんですよ。
でもラジオの世界はまだまだわからないことだらけです。木曜日のパーソナリティを2018年4月からそれまで木曜日を担当していたマティログさんから引き継ぐことが決まり、勉強のためマティログさんのラジオの現場にお邪魔した時もそばで見て、更に家に帰ってからradikoで追っかけ再生して、全て文字に起こしましたからね(笑)。ただひたすらに練習あるのみです。
秋田県小坂町出身のタレント・尾樽部和大(おたるべ かずひろ)。劇団わらび座の役者として数々のミュージカルや民俗芸能の舞台に立ってきた彼が選んだ新たなステージ、それは「ラジオ」である。役者としての研鑽を積んできた彼にしかできない、ラジオパーソナリティ術とは。
M2018年の3月にスタジオに来てましたよね。生放送中、僕の隣に座って時折うなずきながら、メモを取り、生放送の3時間を過ごしていましたもんね。
尾中古車情報のコーナーは、4月以降もディレクターから継続すると言われていたので徹底的に文字に起こしました。
役作りや舞台に対する教材研究では、自分自身が理解していないと「生(なま)の言葉」として言えないので、役者になってから言葉を言葉として理解するために文字に起こすようになりました。「一」話すには、「十」知らないといけない、「十」話すには「百」知らないといけないとずっと言われてきたので、「百」が分からないとしゃべれないんですよ。
M台本に書き起こすと読み言葉になりますが、おたちゃんのすごいところは、セリフを自分の体にしみ込ませているところです。音声として聞いていても、とてもナチュラルなんですよね。
僕も最初のころは、キーワードをメモしたりしてましたが、自分の字が汚すぎて本番中に読めず、結局やめちゃいました(笑)
尾中古車情報のコーナーは質疑応答スタイルで進行していくのですが、その場ですぐに質問できる自信がまだ無く、不安なので、すべて文字にしてから、自然に質問しているものとして聞こえるように努力しています。
Mラジオでゲストが来た場合、予定調和ではいかないことってありますよね?
尾歌手の方がゲストでいらした時は前日にディレクターから受け取ったゲスト情報をもとに、出身地や活動スケジュールなどを調べつくして、文字にしてから頭に叩き込みました。
M役者としての芸歴は16年と長いですが、ラジオパーソナリティー歴は1か月半。決して長くはないのにすでにパーソナリティーとして各コーナーの進行を見事にこなしていますよね。ラジオパーソナリティーの鏡ですよ。
尾事前準備は、ゲストに失礼にならないためというのはもちろんですが、なによりも自分が不安だからですよ。マティログさんも、某超大物歌手のJさんが来た時に調べたって言ってたじゃないですか。それと同じですよ!
M確かに。あの時は前日にばっちりシミュレーションしましたね。
役作りは体感から
M:Matirog
尾:尾樽部和大さん
尾役者時代もそうでしたが、一度自分に役を落とし込まないと言葉は自然には出てきません。文字に起こして読み込むというよりも、体に通す感覚です。
M体に通す方法をお聞かせください。
尾一つ面白いエピソードがあります。2、3年ほど前ですが、東宝株式会社演劇部所属の鈴木ひがしさんが、劇団わらび座のミュージカル「ジュリアおたあ」で演出家として来てくださったことがあります。僕は光栄なことに、重要な役どころの一人でもある「小西行長(こにし ゆきなが)」役としてキャスティングしてもらいましたが、役が大きすぎて自分には手に負えなかったんですね。どうしたらいいか悩んでいたところ、鈴木さんは役者一人一人にきちんとアプローチをかける方で、ある日僕だけ稽古場に残されたことがありました。その時に鈴木さんから「たるちゃん、役を体感したことはある?」と聞かれたんです。
M役を体感ですか?
尾僕もどういうことか分からず「どういうことでしょうか?」と伺いました。与えられた役の人物像を調べ、台本を読みこみ、役を体に通すことは役者であれば誰でもすることですが、体感は、その人物自身になることです。鈴木さんはその体感する方法を教えてくれました。
まずは、壁に向かって10センチほど離れて、目は開けたままの状態で立ちます。そこで鈴木さんに「たるちゃんは、今から小西行長だからね。足の裏の感覚はどんな感じ?」と聞かれました。僕は尾樽部和大としてではなく、戦国武将の小西行長としてどう感じるかを伝えます。触れている足の裏の感覚や、足のシワや爪の形などの細かいところまでです。足の裏からはじまり、頭のてっぺんの髪質までの細かい特徴を、1~2時間もかけて小西行長を作り上げていくんです。そうすると、催眠術にかかったような感覚で、もはや体は自分ではなくなるんですよね。その状態でセリフを一つ言ってみると、今まで自分でも出したことのない声が出たんです。鈴木さんは「それだよ、たるちゃん!」と褒めてくださいました。
M想像力というフィルターを通して、その人物になりきることが、体感なんですね。
尾小西行長として歌った声が、自分でも驚くほどのびやかでした。とても不思議な感覚です。
これまでは役一人に対してノート一冊が完成するほどのバックボーンを作るように言われていたので、頭でっかちになるまで必要な情報を調べつくして、文字にしたものを読み込んで役作りをしていましたが、このときの鈴木さんとの経験から、役を体感して、役を体に通す方法を知ることができました。役を体感する方法は日本ではあまり浸透していませんが、ブロードウェイで使われているメソッドだそうです。鈴木さんは東宝の舞台「レ・ミゼラブル」の演出助手についていた方で、海外からいらっしゃる先生に就いて、彼らのワークショップやメソッドを見ていたこともあり、役を体に通す方法は使えると感じたようです。わらび座に所属していたころの「ジュリアおたあ」というミュージカルで、鈴木さんから初めてこの体感する方法を教えてもらい、それ以降、役作りの時は必ず役を体感することを心がけています。
M体感する方法は、舞台だけではなくラジオやテレビ、司会業など、声や体を使う職業に活きていきそうですね。おたちゃんは、体感しているから棒読みではないんですね!
芝居もラジオもゼロポジションで!
M:Matirog
尾:尾樽部和大さん
尾舞台役者で得た経験や知識は、長所でもありますが短所にもなりえます。ラジオやテレビでは通用しないこともありますから。全国放送のテレビコマーシャルに出演させていただいたのですが、演技の仕方が舞台とは全然違うなと感じます。
M全国放送ですか! 先越されたな〜!!
尾30秒のCMですが、50~60回は撮影しました。どうしてもどこか芝居がかってしましまうんですよね。自分では声を張っているつもりはなくても2,000~3,000人のお客さんの前で、演じて、声を響かせることが体に染みついているので、無意識に声が大きくなってしまうようです。
M大きな舞台を体験しすぎちゃったんですね。
尾車のCMナレーション収録の時も、「マイクの性能がいいので、そんなに大きな声を出さなくてもいいです。」と言われてしまいました。
Mマイクの性能も進化したので、声を張る必要はないですよね。テレビの撮影ではピンマイクを両面テープでお菓子の八つ橋のように三角形に包んで洋服の内側に留めると、小さい声もひろえるようになっていますからね。
ラジオでは、バラード系の曲紹介の時には声を張らないほうが、リスナーに、しっとり届くこともあります。司会の時はマイクを顎につけると落ち着いた声で伝えられるということを、音響の方に教えてもらいました。声を張る舞台と違って、ラジオや司会の時は、自分の声量と、マイクとの距離を計算するテクニックを身につける必要があります。舞台で声を張って伝えることが身に染みていると、なかなか難しいかもしれませんね。
尾声を張らずに相手に伝えようとするというのは、僕にはまだまだ勇気がいります。演出家は「小屋(会場)に合わせて芝居をするな。」と言います。1,000人入る会場も500人入る会場も同じように演じなければいけません。2,000人が入る会場だからと言って、遠くまで届けようと大げさに演技をすると、失敗してしまうんですよ。いつもより目線をあげたり、空間を広く取るように、ほんの少し膨らませる程度でちょうどいいと言います。
ラジオのパーソナリティーをするようになって指摘されるのは、通常の声のキーよりも、4、5割上のトーンで話すことです。キーを上げて話すほうが、ラジオを通したときに視聴者が聞き取りやすいそうなんですよね。木曜日のラジオを一緒にやっている陽子さんには「マッティみたいにアホでいいから!」と言われますね(笑)
M陽子さんからお褒めの言葉をいただいて光栄です!
尾自分のラジオ放送をradikoで聞いたときに、暗いなという印象を受けました。低い音から高い音まで、それぞれの音を区分することを声区と言いますが、声区にはゼロ声区(寝起きの低い声)から第4声区(危機が迫った時に出る金切り声)までの5つの段階に分けられます。役者時代は、役によってキーをあげることはありましたが、ラジオでは周囲からの指摘もあり、第1声区(普段の声の高さ)よりも高いキーの第2声区(明るい声)で話すことを意識したほうが、リスナーにも聞き取りやすく、親しみを感じてもらえることに気が付きました。
Mそんなこと教えてもらったことありませんよ!
尾マティログさんは自然にできてたんですよ!
ラジオは姿が見えるわけではないので、声から受ける印象が大切ですよね。ラジオは「声の仕事」なんだなと実感し、魅力も感じています。
俳優の古田新太さんは、大阪芸術大学生のころ劇団☆新幹線に所属し、大阪のラジオ番組でとても人気がありました。その当時、東京でオールナイトニッポンに出演していた方が辞められることになったため、ディレクターたちがその後任の人を探したところ、古田さんは関東ではまだ無名でしたが、大阪のラジオ番組で人気を得ていたため大抜擢されたようです。古田さんは東京に出てくるときに「自分は関東に出て、もはや失うものはない。失敗したら帰ればいい。」とおっしゃっていたようです。全てをさらけ出す、そんな所がリスナーに受けたようで、古田さんのオールナイトニッポンは大人気になりましたよね。仕事に対して責任を持ちつつ、「離見の見」を意識していらっしゃる方なんだと思います。
M僕は仕事をするとき手は抜かずに肩の力を抜くようにしていますが、頭では理解していても体ではなかなかできません。ようやく1割くらいできるようになったところですかね。肩の力を抜くと、気も抜いてしまって、眠くなってしまうこともあるんですよ(笑) 手がガチガチだと相手に緊張感を与えてしまうので、上半身はリラックスして、下半身はどっしり構え、足でしゃべる感覚で話しています。
尾車のギアで表現すると、どこにでもすぐ反応できるニュートラルな状態の「ゼロポジション」を常に意識できる役者が、いい役者だと言われていますよ。常に心も体もゼロポジションにいないと、いい演技もできないんです。
M中学校の時にバレーボールをやっていたので、その感覚はなんとなくわかります! 予期しない動きのボールにすぐに反応できるように、踵を常にあげて構えています。ラジオでも、このゼロポジションができるようになると、素晴らしいパーソナリティーになりますよね。
★次回配信★
尾樽部和大さんの「秋田の大泉洋になるvol.4-#2」は6月25日配信予定です。
お楽しみに!